1. 神隠し
                      氷高颯矢

 修学旅行の夜の過ごし方といえば、女の子達は、『恋の話』で盛り上がるもの。巽の班でもそんな風に誰からともなく告白大会が始まった。
「そういえば、碧河さんは好きな人とかいるの?」
「好きな…人?」
 巽はきょとんとした表情で級友を見た。
「1組の瀬能くんって碧河さんの事好きらしいよ?」
「そう…なの?」
「巽は鈍いから、よく解らないのよ、そういうの」
「玲奈!」
 寝そべっている巽の上に、重なるように女の子が乗っかった。
「それに、巽には碧泉さんがいるしね?」
「…碧泉は違う。私の好きな人にはなれない…」
「じゃあ、試しに瀬能と付き合ってみれば?」
「瀬能くん?」
 巽の中で認識されてはいないが、瀬能和喜は学年でも一、二を争う人気のある男の子だった。
「実は…頼まれたんだ、橋渡し。断るつもりだったけど、試してみるのも良いかもね?」
「玲奈、私…」
「これは、恋愛に疎い巽の為の試練よ!愛の鞭なの!」
 巽はため息をついた。こんな事を言い出した玲奈に逆らう気力は、巽にはなかった。

 翌日、自由行動の時間になると、玲奈が男の子を連れてきた。何度か委員会などで顔を合わせた事のある男の子だった。
「碧河さんと一緒に行動できるなんて思わなかったよ。槙野に感謝だな!」
 爽やかに微笑う。普通の女の子なら、ここで紅くなったりもするのだろうが、巽は苦手なタイプだな、と思った。
「今日はどこ見に行こう?」

 榮は、輝と共に京都観光をした。その間、巽と偶然に会えないものかと考えている内に、夕方近くになってしまった。今日はもう無理だと、諦めモードに入りかけた時、
(…まてよ?あの碧泉が巽ちゃんから目を離すことなんて有り得ない。つまり、碧泉を探せば良いって事じゃん!)
と、榮は霊力を高めて碧泉の気を探る。式鬼はそれぞれが独特の気を発しているので、それを従える者ならすぐに発見できる。
「…?おかしいな…」
「どうした?」
「碧泉の気が弱い…武器化してるのかな?」
 碧泉の本体は小太刀。大き目の旅行カバンなら収納できなくもない。
「武器化してると自分の意思では動けないからな…」
「じゃあ、碧泉抜きで会えるチャンス!…じゃなくて」
「さて、これは何でしょう?」
 慌てて弁解しようとする榮を制して、輝は紙で作った人形を取り出した。
「それって…」
「護符の一種。これが導いてくれるはず…」
 輝が念を込めると、人形はふわりと浮き上がって自ら意思を持つように動き始めた。その時――。
「――なっ!」
 急に人形が紅い炎を上げて燃え始めた。これは、護るべき対象に何か起きた時に現れる現象だ。
「…マズイな」
 榮も蒼白になった。今、巽は護ってくれる存在を持たない。

 不安は的中した。巽を含めた数人の生徒が行方不明になっているらしい。後見人という事もあり、輝は、学校に連絡して宿の方に事情を訊きに行った。そして、許可を得て巽の荷物を持ち帰った。
「行方不明だそうだ。警察には通報したみたいだが、そんなの当てにできない。それと、警察の方に連絡したらな…最近、行方不明だとか失踪が多いらしい。何かあるな…」
「それで?」
「俺達がここにいる。それだけで十分だろ?」
「――うん。碧泉を呼ぶよ?」
 榮は巽のカバンから小太刀を取り出した。それを掲げるように両手で持ち、気を込める。
「当主・榮の名において命ずる…《鬼身変化》!」
 小太刀が碧の光を発すると、次第に男の姿を取った。
「榮…」
「碧泉、巽ちゃんが大変なんだ!」
「…今は、お前に従う」
 榮は頷いた。
「碧泉、すぐにでも巽ちゃんの気を追えるか?」
「…あぁ。榮、呼吸を合わせろ」
「よし」
 榮は碧泉に呼吸を合わせた。二人を碧いオーラが包む。
(水の気配…それから、森の…木々のざわめき…)
「ここまでだな…これ以上は霧の中といったところだ」
「森…水、それから禁域。何かわかる?」
 輝は少し考えて、
「【糺の森】か?下鴨神社なら観光で行くし…」
「とにかく行こう!」

「遠い日の幻・2」へ続く。
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